03 *襲撃*


 『世界図書ウェルツビブリオに嫌な気を感じる。早く戻ってあげなさい、桐哉とうや

 “彼”、つまりことやにそう言われ、桐哉は再び図書館へ戻った。帰館した桐哉を待っていたのは、荒らされた本と資料の山、そしてそれに埋もれて動けない、致命傷を負ったフォエニドだった。
「桐哉様…!よくご無事で…」
「フォエニド、これはっ!?一体どういうこと…?采彌様がすぐ戻れと仰ったから、戻ってきたんだけど。…何があったの、フォエニド?」
「大変なことになりました、桐哉様…」

* * *

 悠爾ゆにの事を報告するため、桐哉を<天界>に送り出したフォエニドは、その後図書館の全ての出入り口を閉じて、一時閉館状態にしていた。桐哉に<館長レジッサー>の権限を一時的にではあるが託されたため、まだ図書館に残っている客の世話などをして桐哉の帰館を待っていた。
 しかし突然、世界図書館全体に高圧力がかかったように、大きく揺れたのだ。混乱を鎮めるために精霊を召喚して客を任せ、フォエニドは圧力がかかった現場へ向かうことにした。意識を集中させると、図書館の異変がある場所はすぐに分かる。
「これは…。<別館べっかん>ですね…。遠いので移動魔法陣で…。………<世界図書ウェルツビブリオ>を護る者の名において命ずる。別館入口へ…」
 フォエニドがこう唱えると、足元から蒼色の魔法陣が広がり、星が流星のように溢れた。

spostareスポスターレ!」
 次の瞬間、ドウッと空気が唸り、フォエニドはそこにはいなかった。<別館>へ瞬間移動したのだ。
 <別館>に駆け付けたフォエニドが目にしたのは、散乱した本や資料の山と瓦礫、そして壁が崩れた向こうに浮遊する、片翼の天使と2匹の黒猫だった。
「…っ!?これは…!」
 謎の天使は、最初はただ何かを探している風で、フォエニドには全く気付かなかった。が、フォエニドが天使の顔を見ようと本の山へ足を踏み出した時、

   ドサァッ!
「 ! 」
 案の定崩れてきた本の音で、天使はフォエニドの存在に気付いた。


「…くふふっ。みィつけたあアァっ!」


「な、  ッ!?」
 見つかったか、とフォエニドが危惧する間に、天使は右手を一捻りした。その瞬間、フォエニドは壁にうちつけられ、そのまま動けなくなってしまった。
「ああ、ああ。お前が噂の番人君?どう、わたし力魔法クラフトは?あははっ、苦しいだろう!?もっと絞めつけてあげようか?」
「誰です…っ!?何故、この図書館にこのようなことを!?」
 ニヤリ、と怪しげな笑みを浮かべながらフォエニドを眺めていた天使だが、フォエニドにそう問われて初めて思い出したように聞き返した。
「あー、そうだ。君に聞きたいことがあるんだよねえ。…ねぇ、お前の“ご主人様”…、何処にいるの?探してもいないんだけど?」
 質問に質問で返され、フォエニドはたじろいだ。その“ご主人様”のことは、<人間界>で例えるところの国家機密レベルの情報である。それに、どこに居るか答えたところでこの天使が“そこ”にたどり着けるだろうか?
「名も知らぬ者に易々と教えるわけがないでしょう…!答えなさい!あなたは誰です!?」
「…ふーん。ま、ふつー答えないか。しょうがないなぁ…だったら、無理矢理居場所を吐かせるしかないよね!?」
「望むところです!」

「暴れろ、下僕しもべたち!歴史の語り部、マリアーノ!!」
「目覚めよ、我が眷属マギの一人、皇帝ヘー!!」



 しばらく経って、2人とも多大な傷を負ったが、先に動けなくなったのはフォエニドの方だった。天使は、フォエニドの複数のマギを巧みに避けて、フォエニドだけに確実に攻撃を当てていたのだ。魔法ばかりを使うから、魔術師ウィザードならば物理攻撃力は低いだろうと踏んだのが敗因だったとフォエニドは後に話している。実際、天使はとんでもなく強かったのだ。
「はあ~あ、こんなのでよく“門番フーナー”名乗ってられるよなあ?帰ったら仲間の笑い話にしてやるよ、噂になるんだよ、光栄だろう?」
「…私はやられても、あの方は見つかりませんよ」
「何、居ないってことかい?…どこに隠した、番人君?まあ、お前が倒れてる間に見つけちゃえばいいだけなんだけどなあ。…というわけだから、もうちっと黙っててくれない?……暗黒ドンケルハイトっ!」
「ぐ…っ! 、っは…、あの方を見つけて、何を…する、つもりだっ!」
「ああもう、うるさいなあああああ!」

 自らの攻撃を受けて尚、食い下がるフォエニドに激昂した天使は、怒りのままにフォエニドに魔導攻撃を放った。フォエニドは、そのまま本の山に埋もれて動けなくなってしまった。
「はっ、そこでご主人様が見つかるのを黙って見てろ」

「桐哉様…。まだあちらにおられるといいのですが…」
 桐哉を案じ、フォエニドは小さな声でつぶやいた。その頃、桐哉はまだ采彌と話している最中だった。
 それからしばらく、天使は桐哉を探して図書館をうろついていたようだったが、フォエニドの言うとおり、本当にいないと分かると、諦めたらしく溜め息をついた。フォエニドは安心したのを悟られないように、静かに息を吸った。
「仕方ない。時間もあるし、我はもう帰るとするよ。まさかこんなに探してもいないなんてな…。お前の言うとおりになったな」
「用が済んだのならば、早急にこの世界図書館から立ち去りなさい。回復して反撃しようと思えばいつだってできるのですよ」
「まだ、そう殊勝なことを言うか。分かるだろうが、我はこれで本気ではないぞ?」
天使はそう言うと、ニヤリと笑った。フォエニドも負けずに答える。
「そのくらい言ってないとやってられませんよ」
「そうだろうな。…なあ番人よ、一つ提案がある」
「…なんでしょう」
「お前が我に付くなら、我たちは喜んでお前を迎えるだろう。だが、お前が我たちに仇をなすなら、その時は…」
ここで一息ついて、天使はフォエニドに宣言した。

「お前のご主人様もろとも、まとめて…喰らい尽くす!」